歴史は虹のようなもの🌈

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極東国際軍事裁判

いわゆる「東京裁判

 

インド代表判事

ラダビノードパール判事

 

初めてパール判事のことを知ったのは

京都にある京都霊山護国神社にある

坂本龍馬さんのお墓にお参りをした時

 

わが国のために働き命を落とした方々の

お墓の中にパル判事の言葉が書かれた

碑があった

そこで知りました😭

 

東京裁判当時、

パル判事には重病の奥様がいらしたそうだが

奥様はこう言われたそうである

 

「あなたは日本国の運命を裁く大切なお体で

 す。どうか裁判が終わるまでわたしのことは

 構わないで」

 

その言葉通り

パール判事は一人ホテルに籠り

一切の娯楽も求めず

1928年から1945年までの

18年の歴史を

2年8ヶ月かかって調べ

心血を注いで判決書を書き上げられたそうである。

 

その判決書は被告全員に対して「無実」の判決を下していた。

それは、決して同情からではない

 

「正しき法を適用したに過ぎない。

 なんの法的根拠もなく

 勝者が敗者を裁く蛮行を

 見逃すことはできない。

 この裁判の一番の被害者は

 『法の真理』である」

 

だが、その判決書は東京裁判では朗読もされず、GHQ占領下での日本では、一切の公表を禁じられたそうである。

 

パール氏は東京裁判の四年後

再来日し、広島で原爆慰霊碑に献花された

 

だが、碑文の意味を通訳に聞くと

表情が険しくなられたそうである

 

「この『過ちは繰り返しませぬ』という過ちは

 誰の行為を指しているのか

 ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であ

 り、その原爆を落とした者は日本人ではない

 ことは明瞭である。

 落とした者が責任の所在を明らかにして

 『二度と再びこの過ちは犯さぬ』というなら

 うなずける

 この過ちが、

 もし太平洋戦争を意味しているのなら

 これもまた日本の責任ではない

 その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために

 蒔いたものであることも明瞭だ。

 さらにアメリカはABCD包囲陣を作り

 日本を経済的に封鎖し

 石油禁輸まで行って挑発した上に

 ハルノートを突きつけてきた

 開戦の責任は誰にあるのか

 

 東京裁判

 何もかも日本が悪かったとすることが

 これほどまでに

 日本人の魂を奪ってしまったとは

 思わなかった

 

 東京裁判の影響は

 原子爆弾の被害よりも甚大だ」

 

その翌日講演でパール氏は語ったそうである

満州事変から大東亜戦争に至る真実の歴史を

 どうか

 わたしの判決文を通して

 十分研究していただきたい

 

 日本の師弟が

 歪められた罪悪感を背負って

 卑屈、頽廃に流されていくのを

 わたしは見逃して

 平然たるわけにはゆかない。

 

 誤られた歴史は

 書き換えられねばならない!」

 

 と。

 

パール氏は広島の住職から頼まれて

一編の詩を揮毫したそうである

それは広島の本照寺に建立された

大亜細亜悲願之碑」に刻まれているそうだ

 

パール氏が最後に来日したのは

昭和41年

80歳になり持病の手術を受けたばかりで

生命に関わると訪日は反対されたが

パール氏は

「もう一度だけ日本を見ておきたい」と

強く希望されたそうである

 

パール氏はこの訪日3ヶ月後に

亡くなられたそうである

 

このように

わが国のこれからのために

アジアの、

世界のこれからのために、

命をかけて私たちに訴え続けて

くださった方のこと

知っていこうとあらためて思う

今日

手に取った本からの学びでした

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歴史は虹のようなもの

その只中にあると

水滴しか見えず

離れて初めて虹が見える🌈

 

戦後7年経ってよりはっきり虹🌈を見た

パール氏はこう書いたそうである

【抑圧されたアジア解放のため 

 その厳粛なる誓いに

 いのち捧げた魂の上に 幸あれ】