視点を変える

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天外伺朗さん著

「祈りの法則」より 抜粋

 

ネイティブアメリカンの世界でも

裁判があります

しかし

現在の文明国とは

裁判の在り方のやり方が違うようです

 

AさんとBさんが紛争していたとして

長老の元に来た時

長老はスウェットロッジという場を

二人に協力させて作ります。

二人は無言のうちに協力します。

 

AさんとBさんに直接話させると

喧嘩になるのでそれはさせません

 

文明国の裁判のように

弁論を戦わせることはしないそうです

 

3人で作ったスウェットロッジの中で

まず長老が祈り、

Aが祈り、Bが祈ります。

 

それを何度も繰り返しているうちに

紛争はひとりでに解決してしまうそうです。

 

祈る

ことでなぜ

紛争が解決するのでしょう?

 

それは、

祈る、ことによって

「神の視点」を意識するようになる

 

「自分の視点」や「相手の視点」ではなく

『第三者の視点』から物事を見ることを

心理学ではメタ認知というそうですが

 

「神の視点」は究極のメタ認知

 

「神の視点」で物事を捉えることができれば

もともと紛争などは存在できません

 

これは

言語と論理で持って

自らの論理を主張して相手を論破しようとする

文明国の裁判より

はるかにスマートではないでしょうか

(抜粋ここまで)

 

子ども同士の喧嘩でも

お互いに自分の主張を

相手にわかってもらおうと

主張をしている限り

なかなか和解は難しいように思います

 

『視点を変える』

 

何かのきっかけでこれができた瞬間に

スッと意識が変わり、

相手を許すといったこと以上に

大きな心で物事を見ることができるようになる

のかもしれません

 

『フォースと共に在らんことを』

 

人は神に近く生きる存在にも

動物として生きる存在しても

生きることができる

自分で生き方を選べる精神を恵まれてこの世に生まれてきている

 

どっちに行くか人としての鍵はいつも自分が握っている

 

視点を広く持ち続けられますように